10:最初に見たものは...(1997/11/14)

 僕が回ったショップの名前は全て伏せます。なぜかというと苦い教訓だらけだったからです。それだけ「アルファあります」という看板を掲げたお店のほとんどの知識や誠意は惨憺たるありさまでした。勿論、中にはとても良心的なお店もあります。

 しかし、「詳しい人」とは一体どういう類の人を指すのでしょうか。 20年も前のクズ鉄を「商品価値がある」からといって売買して商売にしなければならないためには、二者択一の道しかありません。一つは「ダマして一掃し、後は客の自己責任に委ねてしまう」もうひとつは「損得も喜びも客と分かち合う覚悟を決めること」。前者は簡単です。商売である限り、イタ車を扱うという事は、アルファも扱うという事がその店のアピールになります。そのためには一通りの系譜について「客よりは」詳しければ済みます。「アルファってのはそういうもんだ」と言えば済みます。しかし後者はとても難しいし、良心的なサービスをすればするほど高くなる。そんな店の情報を手軽に雑誌広告で入手できる訳もありません。

 これもあとから知った事ですが、本当に程度のいいアルファを買うには、アルファの事を熟知しているかレストアベースを探しているのでない限り、アルファを専門に扱っていて、なおかつ専属メカニックがアルファに熟知しているお店でのみ、アルファは買うべきです。ここが他のクルマと決定的に違うところですが、以前から聞きかじっていた「アルファの整備は一筋縄ではいかない」というのはどうやら真実の様です。この真実については、購入後も繰り返し気付かされる事になるのですが、それは日常整備についての話と合わせて、後でお話します。

 とにかくショップ回りを始めました。初日は雨でした。「晴れた日よりもクルマの素性が良く分かるんじゃないか?」という根拠のない事を大発見のように思いつき、出かけました。アルファ専門店ではありませんでしたが、事前に電話で「GIULIAのセダンなら一台あります」という連絡を受けていたショップです。案内されて通されたのは露天の「ストックヤード」でした。このショップはかなり大きな規模の、アフターサービスの充実を売りにしているショップだったのですが、この「ストックヤード」という表現がピッタリの広大かつ無残な風景を一瞥し、僕はもう帰り道の渋滞の事を心配していました。

 高価なラテン車の数々が無造作に雨に濡れそぼち、下は草がぼうぼうと生え、とても「動く」クルマを保管するようなところには見えません。そしてビッシリと詰められたクルマ達の間をやっとの思いで抜けた先には....水色のGIULIAがありました。記憶が正しければ、それは69年以前の1600Superなはずですが、一見TI風の車高落としとフロントグリルの改造がされているようでしたが、どうもたたずまいを見るに、車高が落ちているよりもサスが痛んでるのではないかという感じです。ウィンカ、エンブレムはなく、それだけではTIなのかSuperなのか、1600なのか1300なのかすら判別できないシロモノでした。ドアを開けると、どこからともなく「バラバラ...」と音がし、閉めた瞬間にはさらに何かが共鳴します。下回りはもはや推して知るべし。キーを捻っても何の反応もありません。これにはさすがに案内の店員も決まりが悪そうでしたが、一応値段を聞いて見るとすかさず「220万円」という答えが。これがもし相場なら、世の中どうかしてると言わざるを得ません。幸いにしてそれが相場とはかけ離れた無知の産物だということはすぐに知りましたが、それにしても、いくら人気があるからといって明らかに未再生のシロモノに3桁の値付けをし、それに文句も言わない客という、日本の...というより東京ならではのこの未開人的な商習慣には、日頃から腹が立って仕方ありません。

 エンジンもかからぬクズ鉄を見せつけられて、僕はしょっぱなからくじけそうになるのでした。これが「都内一の万全のアフターサービス」で有名なショップの実態なのだとしたら...これから一体どうなるんだ??



11に続く