13 ハンバーガーの時代(2000/10/09)
クルマの味については「AlfaRomeo no oto」で既に書きました。

あれからますます、自動車文化のノスタルジー化は進行しています。

今やクルマとは、「けーたいくーかんっ!」なのです。

そして「ソンナノイラナイ…」と、カーキチ君は負け惜しみをつぶやくのです。



イタ車に乗ると決まって思うのは 「これを作ったヤツはイタリアが好きなんだなあ!」とつくづく思うこと。

「イタリア人がイタリアが好き」っていうとやっぱり真っ先に浮かんでくるイメージは「食べ物」でしょう。

もちろんそれだけじゃなくて、伝統や潜在意識が埋め込まれたいろんな文化。

でもちょっと待って。

 

かつてのフランスにもそんなクルマが確かにありました。

彼らにとっての超合理性。我々にとってのエキゾチズム。前衛。

けれども、ある日フランス車は、クルマというものから「文化」をほとんど削除してしまいました。

今、フランス車の「エスプリの香り」なんてのは ほんの 片鱗しか残ってません。

シトロエンやルノーの新車に乗って「これぞフランスの香り」とやるのはかなり無理があります。

オペルなんて、とっくの大昔にドイツ車をやめています。

VWは新ポロで完全に「ジャーマンスタンダード」を捨てました。

イタリア車もどんどんそうなりつつあります。

アルファロメオなんかその最右翼。

 

なんか最近はイタ車ファンになることを「ラテンにヤラれる」とか、そういう妙ちきりんな表現を使うらしいです。まーそれは別 にいいとして…

最近の自動車雑誌とかサイトのアルファ評。

例えばアルファのスポーツワゴンが、あまり荷物を積めない事を「セダンよりは積める」とか「合理性よりカッコを優先しててさすがイタリアだ」とか、おい!それって違うだろ?的展開。

 

アルファロメオが「カッコ優先」なクルマになったのはそんなに古い事じゃありません。というか、どっちかというととても新しい。

156の後部座席「の狭さ」や、GTVの視界「の悪さ」を見て「おお!イタ車だ」と言うのは

あまりにアルファやイタリアの自動車文化を知らなさすぎます。

ていうか、ノー天気と陽気をはき違えてます。

 

文化や哲学を理解するためには「理解力」や「 想像力」「発想力」「知識」「視野」「認める力」が必要。

だから文化や哲学の押し売りをすればクルマ(モノ)は売れなくなってしまいます。

なぜかというと、そういうのはとても難しい事だから。

難しいのとか、理解するのに時間のかかるのは流行りません。

 

FIAT傘下以降のアルファの快進撃は そういう反省に基づいていると僕は思います。

イタリア人の解釈する、あるいは文化を愛する人々が解釈するそういうものはだんだん価値を持たなくなっています。

知性だの、文化だの、カビクサイのです。

残念なことだけれど、20世紀末から21世紀初めにかけて、きっとそういう時代。

「文化」をやめれば、モノは売れる。

それは「グローバルスタンダード」という言葉で表現されているけれど

本当の意味は、化学調味料の味、ハンバーガーの味。

ただし禁煙。身体と地球にだけはやたらと優しいようです。



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