正しくしつけられて成熟した牡犬は、威厳と包容力、落ち着きとプライドに溢れた20年来の親友の様な、味わい深い関係を結ぶことができます。この喜びを味わえないとしたら、牡の犬を迎える意義はごくわずかになってしまうかもしれません。 けれども、この喜びを知る牡犬の飼い主は、最近減少傾向にあるようです。若い時期の牡は確かにとてもしつけ難い存在です。そのため、ちょうどシーズンの頃、愛犬の抑えが効かなくなった人は、去勢を本気で考えはじめます。しかし有り体に言えば、子犬のうちに我が家に迎えながら、自分のリーダーシップのなさを棚に上げ、気軽な理由で去勢を決定することは、決して最良の選択とは言えません。 一時期、おそらくアメリカの影響だと思いますが、一部の業者による宣伝かと思えるような家庭犬去勢啓蒙が書籍やWEB内に広まった時期がありました。それらの多くは、去勢によって「性格が穏やかになる」ことを、あたかも100%起こる効果 であるかのように説いています。実際には性格自体が変わる事はありませんし、性衝動由来でない問題行動は変わらないか、むしろ顕在化すると言われています。また、ある年齢での去勢術は、犬のメンタル面に相当大きなショックを与える事も分かっています。去勢術を否定するつもりはありませんが、去勢術に伴って確実に愛犬に降りかかってくる問題を熟知した上で去勢を考えた方がいいと僕は思います。 実際のところ、病的なアルファ指向(普通は淘汰されるべき性格異常)でない限り、元々普通 に持っている権勢欲や性欲なら、しつけ次第でなんとでもなります。例え運悪くヒート中の牝に出会っても、それを我慢させるように牡犬をしつけることは可能なのです。 というか、去勢・避妊しなくてもコントロールできるしつけ、訓練方法、生活方法を、犬と暮らす者であれば当然学んだ方がいいし、試してみたほうがずっと素晴らしいWithDogLifを送れるのではないでしょうか。残念ながらそういう情報は日本でもアメリカでもWEBではなかなか流れてないようですが。 また「犬の性欲ストレスは食欲に並ぶほど強い」という様なこともありません。もしも去勢しない事で、飼い主にも分かるほど性欲がストレスになっているというのであれば、その犬はどこかでアルファもしくは準アルファになっているか、飼い主との関係に問題がある…と疑った方がいいでしょう。 去勢によって起きる最大のデメリットは、犬自身のメンタルに関わる部分に起きます。子犬の頃(それも初期段階)に培った社会性に基づくポジショニングの確保が、ある日突然できなくなる事へのストレスです。特に心配なのは、飼い主と主従がうまくいっておらず、公園での「犬のご挨拶」が習慣化している犬です。これらの個体は自分にリーダーの資格があるかどうかと無関係に、飼い主からリーダー指向を学んでおり(それも間違ったリーダー指向の可能性が高い)、もしそれと同じ事を犬社会の中で経験している場合、去勢した直後に犬集団の中に戻ってしまった時、身体的、頭脳的、指向的に衰えた訳でもないのに、周囲(犬社会)が突然認めてくれなくなるという状態に陥いります。そのため自己矛盾が生じることがあります。必死に自分のポジションやプライドを守ろうと試みて必要以上に攻撃的になったり、落ち着きを失ったりすることがあるわけです。このストレスを飼い主がフォローしてやる労力は並大抵ではありません。フォローの方法としては、完全に去勢の効果 が出てくるまで他の犬に会わせない、犬の達成感を刺激するような作業をさせる…などが言われています。 飼い主との主従がうまくいってたり、人間とだけ関わって生きている犬であれば、プライドも認知もキープできるので比較的問題も少なくて済みます。その一例が盲導犬です。要するに、「飼いやすくする」ためだけに去勢を考えるというのは、主客が逆転した発想。。。というより意味のない発想という訳です。 このように、去勢について考える時は、物理的な部分だけでなくメンタルな部分で多分に「ぶち壊し」的なデメリットをはらんでいることを忘れないでください。やんちゃで困っていても、少なくとも3年ぐらいはしつけの試行錯誤を続けることをお勧めします。その努力が辛いのであれば、しつけ教室に通 うべきです。 身体的には仮に前立腺肥大を恐れて去勢を考える場合でも、最悪、肥大が見つかってからでも遅くないと言うことを覚えて置いてください。というより、去勢しなくても前立腺肥大は防げるということもあるのだという事も知って損はないと思います。老年期の病気を心配するあまり、成熟した牡の犬と暮らす事の醍醐味を、そうそう簡単に捨てるのはとてももったいない事です。 いずれにせよ家庭で管理すべき犬に限って言えば、去勢はまず、純粋に犬の健康や、望まない遺伝や事故を事前に解決するためだけに考えるものです。 ちなみに我が家では過去の牡2頭とも、結果的に去勢しています。ただジロの場合、1年齢頃に去勢した事は明らかに失敗だったと思っています。子犬の頃はずいぶんやんちゃだったはずなのに、歳を追う事にシャイになってゆき、近所の子供達の花火を怖がったりカラスにおびえたりと、どうにもつき合いづらくなっていった記憶があります。 その経験を踏まえて、ゴルビーの時は7歳に前立腺肥大が見つかるまで未去勢のまま過ごしました。もちろん性衝動はありましたが、周囲の他の牡が大変な思いをしたという話とは裏腹に、何の苦労もありませんでした。そういう出来事による愛犬の成長は、愛犬の性衝動を見ないで済むより何倍もの喜びがあります。問題も病気も死も、全ては犬がくれたプレゼントなのです。 |
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